空港関連
プロジェクト紹介
震災から、最速で光を取り戻せ。
〜 仙台空港・復旧プロジェクト 〜
国が動く。「今すぐ国光に協力を要請せよ!」。
2011年3月11日。この日付を聞くだけで、多くの方が瞬時に想像するできごとがあります。そう、東日本大震災です。東北地方を襲った未曾有の災害にも、実は、国光施設工業は深く関わっていました。震災の被害を受けた仙台国際空港は、国土交通省航空局の管轄。羽田空港の工事案件などで、当社は航空局から厚い信頼を得ていました。震災の直後に同局内で仙台国際空港の復旧を検討したときも、すぐに「国光施設工業の協力を仰げ」という話が出たのです。
航空局からの依頼を受けて、社内でチームを組み、仙台国際空港に到着したのは3月15日の深夜。まずは、電源設備のチェックから始めました。現実は想像以上に痛ましいもので、震災による打撃で設備の大半が故障。しかし、幸いにも緊急用の発電機は故障していませんでした。空港内に明かりを灯すために、発電機と照明を電線で接続。数日ぶりに明かりが点いたのです。その価値は、同空港の職員が発した言葉に全てが凝縮されています。「ここ数日間、暗闇で過ごしてきたので、気が狂いそうだった。こんなに明かりが尊いものだとは」。
約1年半後、空港は元の姿に。
照明が復旧したあと、チームは物資や工機などを準備するためにいったん帰京。ここから、隔週で東京と仙台を往復する日々が続きました。2回目の出張では、コンセントの設置工事を実施。それ以降も、新たに製作した40面にもおよぶ分電盤の設置、電線をはじめとしたケーブルのチェック・取り替え、滑走路の灯火工事など、一歩ずつ、着実に、空港の姿を元に戻していきました。その過程において、復旧のスピードを少しでもアップできるよう、仙台営業所を開設。プロジェクトメンバーも増員し、10名以上の技術者がこの案件に携わりました。そして2012年秋、空港は、東北と全国をつなぐ機能を完全に回復。当社も、復旧の役目を終えることができたのです。
この取り組みが評価され、2012年、国土交通省から表彰を受けました。今も仙台国際空港は、東北の玄関口として多くの人に利用されています。当社が設置した電線、分電盤、誘導灯なども、何ごともなかったかのように、トラブルもなく稼働し続けています。